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愛だろッ愛

こどもの施設でのボランティアを始めて2年になる。
ボランティア、とは名ばかり。
こどもが自由に遊びまわれる館内で
こどもと一緒に戯れる。
精神年齢若干及ばず、のこの私。
どっちが遊んでもらっているのかわからない。

いじめっ子も気弱な子もハニカミやさんもおませな子も、どんな子でも
一生懸命遊んでいるこどもの笑顔はすばらしくキラキラだ。

2年目ともなると多少余裕が出てきて
訪れる親子連れ、家族模様をついついウォッチングなどしてしまうようになった。
イケてる親のこどもはやっぱりイケている、とかいうしょうもないことから、
変に美男美女の両親だけどつんつんしてて家庭が寒そう、とか
いくら旦那さんがハゲてようが、奥さんが太ってようが
ほのぼの明るくて、幸せそうだなーこの家族、とか。
放つオーラは正直だと思う。

先日もこんなこどもの施設に
ベロアのノースリーブツーピースにパールのアクセサリー、
エルメス(調?)のバックでやってきたメガネのお母さん。
お父さんは仕立てのいいポロシャツにチノパン、
温厚そうで一見して医者のような佇まい。
お嬢さんがお2人でした。
金持ちそー・・・だけど、お母さんちょっとTPOわきまえてないよ・・・
案の定遊具の使い方から遊び方から
スゴイ勢いで仕切る。ちょっとイタイなー・・・と思ってしまった。

そんな風景を目にするたび
こんな夫婦は理想だなーとか
こんな家族にはなりたくないなぁとか
思って見てしまっていた。

だけどなんだかそれも、意味がないことだったのかも、と思い始めた。
ひとつの私の固まった常識に縛られて
うがったものの見方をしていなかっただろうか。
それにいつの間にか傍観者になってないか?私。
今現在も刻々と生きているのは自分の人生のはずなのに。

理想を持つのは悪いことではない。
けれど家族の形も幸せの形もみなそれぞれなんだよな。
そこまでしてこだわる理想って一体何様なのか。

第一、「あれはダメ、これはこう」
評論家では自分で生きてない。

かといって理想も希望もすこしも形がなければ
自分の意思や意見ってものがなくなるしなー・・・。

そんな想いに行ったり来たり。
そうして私は30数年生きていながら
いつまでたっても自分の真ん中がつかめずにいる。

要は愛だよな、愛ッ。



タイトルを読んで思わず永瀬正敏のチューハイのCMを思い出した方、
同世代ですね。くす。
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by ichiko1515jp | 2005-09-29 23:40 | days
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